『武徳編年集成』について

『武徳編年集成』は徳川家康の事績を編年体で綴った歴史書で、全部で93巻からなっています。

著者は木村高敦(1680-1742)という江戸中期の幕臣の歴史研究家で、歴史学者の父の手伝いをしているうちに歴史に興味を持ち、晩年にこの歴史書をライフワークとして完成させました。そして、寛保元年(1741)に徳川8代将軍吉宗に献上しましたが、翌年の11月1日に満62歳で亡くなっています。

この歴史書を書いた経緯について彼は次のように記しています。

『自分は若い時に家康の一代記を詳しく書いてみたいと思ったが、生きている間には無理だろうと思い、まずは関が原の大戦について『武徳安民記』31巻を上梓した。また、自分の実父、平(根岸)直利による姉川、味方が原、長篠、長久手の戦いを述べた『四戦紀聞』を校訂し、その合間に『武隠叢語集』を簡略にした『武家閑談』7巻を上梓した。続いて『続閑談』20巻を書いて毎年これに手を加えていたが、次第に自分に先がなくなったのを自覚するようになり、ようやくこの『武徳編年集成』の原稿ができた』そして、『この歴史書を書いた目的は既存の歴史書や諸家々に伝わる家伝の齟齬や間違いを糺すためだ』

彼は幕府の職員としての業務の傍ら沢山の著作を上梓した人ですので、歴史愛好家というよりは、歴史学者、著述家というのがふさわしいように思えます。

高敦が徳川8代将軍吉宗(在職1716-1745)に献上した原本は現存しないそうで、日本古典籍総合データベースのリストによれば、国内では43の写本などが残っています。筆者の所蔵しているものは拙修斎叢書の木活字版で、これは名著出版から1976年に出版された写真版 の底本と同じです。拙修斎叢書の元のテキストは、早稲田大学本という天明6年(1786)版(木活字版)が使われています。この版は宮内庁書陵部のリストにもあります。全93巻は図のように25冊に収められています。IMG_4466.jpg

ここでは、全巻を今の言葉に直して読みやすくしてみたものです。ここでは簡単のために尊称、敬語などは一切省略して、内容だけがわかるようにしてみました。

国文研データセットでは原文が公開されています。筆者は歴史の専門家ではなく、物理学を生業としていたものですので、初歩的な間違いなどが多くあるはずです。原文と比較して、コメントをいただければ幸いです。

なお、個人的な感想はエッセイとして、別の拙文としています。筆者がこのような作業を始めた動機などもエッセイに記しました。(現在は更新中です)

最近は徳川家康については、テレビドラマの影響もあり、その道の専門家による解説も多く、いわゆる定説なども紹介されています。しかし、解説ではなく、原文を通読して、当時の人々が見ていた家康像を感じるのも興味深いのではないでしょうか。(2023.6.記)